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投稿日:2008-08-13 Wed
<第21章 私なりのストレス・コントロール>「1人外国に行ってハードな学生生活を送るのは語学が堪能でもそうでないなら尚更ストレスは大きいはず。ストレスコントロールは卒業まで心身を持たせるために重要です。是非、参考にしてください。」
留学をするまで、勝手気ままに自分のしたい仕事をしてプライベートでもしたいようにしていて、全ての事は割に思うように運んでいたし、忙しくとも充実した楽しい生活を送っていた。家庭的に恵まれていたのもあるし、大学で専攻していた栄養学をフルに生かせる職業に付くことが出来て、その仕事が思った以上に自分の性質にしっくりしていた事もあって充実した生活を送れていたのだと思う。そういった状況を通して、自分に自信を持って生きていくことが出来ていたことは、良い面もあり悪い面もあった。
どんなに充実した生活を送っていても、自分が成長していこうという欲望は常にわき起こっていたので、現状維持だけで前に進まなくなることはなかった。しかし、ともすると自分に自信を持って生きる事ができないで、現状維持の生活を続け、何かやってみたいと思ってもそれを実現する努力も払わず夢のままで終わらそうとしている人を勇気に欠けると思ったり理解できない事があった。
大学の卒業生の中で、同年齢の人と比べて、私は自分の仕事を思いっきり出来ていた方で、仕事の新しい分野も広げてどんどん挑戦していたこともあり、教授初め先輩方からも目をかけていただいていた。自分の事を自分にある能力を十二分に生かして結構頑張っていると自負していた。
いろいろな場で、自分より一回りも二回りも年上の人に講義をする機会も多々あり、初めは戸惑う事も緊張する事もあったが、回数を重ねる毎に人前で話す事にも堂々とした態度で臨めるようになっていった。また、全体にスタッフの年齢が低い傾向のあるフィットネスクラブでは若い人が年輩者に全て責任を任せて後に従うというような事は無かったので、私は大学卒業したての20代の前半の頃からきちんと自分の意見を会議でも述べていたし、進んでイニシアティブを取る事も多かった。
そういう生活を28才まで続けた。しかし、留学したその日から、急に世界が変わりそれまでの私の頭の中の常識は通用しなくなった。何をやってもまったく思うように事が運ばないためにあったはずの自信はもろくも崩れさり、劣等感と闘い続けるだけの毎日のようだった。それまでのようにミーティングで発言する事も出来ず聞くばかりで押し黙ってしまったりするのも自分が情けなくて、次こそはと何とか発言しようとしても早口の英語で話される他の人の意見が全ては理解できず発言しようにも出来ない。人前で話すのは慣れているはずなのに、英語でのプレゼンテーションは緊張もするし思うように話せない。
アメリカの栄養学の授業は、栄養士の仕事が人前で話す機会の多い物であり、人と話すテクニックも必要とされる事から、何かと話す練習の機会は与えられ、また教育者としてコミュニケーション技術を向上させる為の教育実習さえ用意されてあった。
ずっと良き人生の相談相手になっていただいている日本でのお料理の先生に宛てた手紙の中に、「自分がどんどん何でもないただの人になっていって、今までの自負心や積み上げたキャリアさえも消えていき、心が謙虚になっていくのがわかります。だから、そういった自分に人が親切にしてくれる事がとても有り難く感じます。単なる一人の何でもない人間として、力が試されているような気がします。」というような事を書いたのを憶えている。それまでに身に付けていった自信、肩書き、経験などが全てはがされていって裸の自分になったような気分だった。むき出しの状態になった自分は謙虚な気持ちを取り戻す事が出来て、この事はある意味とても有意義な経験だったし、20代の最後にして自分を成長させてくれる大切なステップのようにも感じていた。しかし、むき出し状態の私の心はその分とても傷つきやすくもなっていて、この心臓に毛が生えていると言われた私の性格をもってしても、度重なる自信喪失する苦しい出来事に疲れ果てていった。
春学期は、私にとって3学期目で授業そのものにはもう大分慣れていたが、偶然にも実習の多い授業がこれでもかと詰まっていた。クラスの前でのクッキングデモンストレーションや何かしら習ったテクニックを使ってミニ・ティーチング、グループで地元の教会に行ってガン予防についてのプレゼンテーション、地元の小学校に行って基礎栄養の教育実習など、目白押しだった。これら全ての実習は、本当に意義のある事と思うが、日本で日本語でならば何の苦も無く出来るはずなのに、英語を流れるように話せない私には苦しい挑戦の連続だった。その事がとてももどかしかったし自分が悔しかったし、何度も不安に押しつぶされそうになっていた。
学生が不安に苛まされたり、ストレスからうつ気味になったりする事は、とてもよくある事らしく、学生に配れる雑誌や講習の広告、学校新聞などに、度々ストレスコントロールや不安に打ち勝つ方法が特集されていた。アメリカでは日本と違って大学に入学する門は比較的大きいが、入ってから全ての勉強に付いていくのは非常に難しく、大学院生だけでなく学部生もクラスのある期間は息を抜く間もなく勉強しなくてはならない。日本と違い親から全額授業料を出してもらう人は少ないので、ローンを組んでいるか、成績の良い人は奨学金をもらって勉強している人も多く、そうすると相当良い成績をキープしていなければならないので更にハードに勉強し続けなければならない。私の友人達も含め、ローンを組みながらも勉強を続けている人は多く、そのため勉強に対する真剣さは平均的な日本人と比較すると比べ物にならないと思った。
そういう中で、大きすぎるプレッシャーから、うつ病、ノイローゼ等、精神面を病むことがあるのは珍しくないと聞いた。精神的な健康を保つ方法やストレスコントロールには常日頃から興味があったし、自分が実際どうにも不安になる事が多かったので、そういうトピックの記事はいつもじっくり読んでいた。幾つかは心に留まる物もあり、勇気づけられたりポジティブな思考に自分を変えることが出来る事もあった。
そういう中で、私の気持ちに特に引っかかったのは、ある減量クラスに参加して観察していた時に一人の心理カウンセラーが言った言葉だった。「定期的に有酸素運動をしている人がうつ病にかかる事は、可能ではあるがとても難しいと言える。」(*有酸素運動・・無酸素運動であるウェイトトレーニングに対して、酸素を取り入れながらするウォーキング、ジョギングなどを言う)という事で、うつ病は脳の中で化学反応がうまく進まなくなる事が大きな原因なので、定期的に運動をすることで体の中の化学反応を整える事が出来るから、大変効果的な予防になると言うのだ。これまでの様々な研究結果を見ても、定期的な有酸素運動が身体的な病気の予防のみならず、精神的健康を保つのに効果があるのは間違いないようである。それで、適当にしか行っていなかったジム通いを、計画立てて定期的に行うようにしてみた。
有酸素運動の中で、特に精神的衛生に良い効果があると言われている、繰り返す動作の運動としてエアロバイク、ステップマシンなども試したが、私が自分の心の変化に気付いたのはジョギングをした時だった。小さい時から走るのが非常に遅く運動神経など無いも等しい私がジョギングをしているのは我ながら驚きだったが、小学校や中学校の体育のように競争する必要など全く無い訳なので、マイペースで無理しない程度に続けてみた。たかが15分から20分程度のジョギングだったが、走り終わった後、不安な気持ちはすっかり跡を消し、頑張ればなんとかなるという気になっていた。これは実に不思議な変化で、プラシーボ効果(効果の無いはずの偽薬を服用しても本当に効果が現れる事)が含まれていようと何だろうと、効果があるのだからとりあえず続けることにした。そしてそれ以来、プレッシャーのかかるプレゼンテーションや、絶対どうやっても理解も暗記も出来ないと思うような難しいテストの前に、その準備をするよりも、とりあえず不安を取り去りポジティブになるためにジムに走りに行くようになった。ジョギングの習慣はその後もずっと続き、帰国した際、「ちょっと走ってくる」と言って近所を走り回ったりして日本の家族を驚かせた。副作用の無い、抗鬱剤、抗不安剤のような物なのだから、何があってももう離したくないというような気持ちだった。
もう一つ、自分が不安に負けそうになったりしても、努力すればそれを必ず克服できると信じさせてくれたクラスがあった。それは、ヘルス・ビヘイヴィア・チェンジ(Health Behavior Change)という健康にまつわる行動変容について学ぶクラスで、理論のみならず実践的な事も学べて大変有意義だった。例えば、自分が変えたいと思っている癖や行動があったとしよう。それは、人と話すときに緊張して思うように話せないことかもしれないし、夜食癖でもいい。その行動を細かく分析して理解し、その上で変容を試みるのだ。ただ、変えようと思って変えられる事は殆どの場合無いので、様々なテクニックを使って長期間かけて変えていく。そして、実際に自分自身を実験モデルに使い3カ月弱の期間を用いて何か一つの行動を変えるプロジェクトを行った。
このクラスで学んだ沢山のテクニックは、アメリカの様々な減量クラスや禁煙プログラムなどに大いに取り入れられている事を後に知った。人間は、変われるのだ。心の持ち方、行動、体型など自分で変えられる物は思っている以上に多い。表情が変わる事により顔さえ変えることが出来る。しかし、この変わることは、心の奥底、深層部分においても本当に強く願うならば、という但し書きが続く。そこの所が難しい。人間の心は複雑で、自分では100%そう願っていると思っていても、自分でも気付かぬ心の奥の深い所で反対の事を願っていたり、現状を維持したい保守的な自分が潜んでいる事がよくある。
ある減量プログラムを担当していたベテランの栄養士から聞いた話で、私も日本にいた時に減量プログラムを実行していたので大変興味深いと思った、減量に成功できない人の面白い例を聞いた。ある女の人は減量を過去に何度も試みていて、その栄養士の減量プログラムにも何回も参加しているのだが、うまく体重が落ちてきたなあと結果が見え始めると間もなく必ず挫折して元の肥満体に戻ってしまうのだそうだ。彼女がチームを組んでいた心理カウンセラーと二人で、またもや挫折してもう一生痩せる事は出来ないのではないかと悲しんでいる彼女ととことん話し合ってみたら、少しずつ彼女の減量を阻んでいる要素が見えてきたらしい。彼女は、自分で若いときからの浮気性なのを人には言えずとても気にしていた。結婚した後もその結婚生活は幸せであるにも関わらず、自分の悪い癖がいつか出て浮気してしまうのではないか、そうして幸せな結婚生活を自ら壊してしまうのではないかと恐れていた。太った体でいることは、彼女にとって浮気をしないですむ何よりの安心感となっていた。太っていて醜ければ浮気はしようにも出来ないはずだと信じていたのである。その為、少しでも痩せていくとその安心材料が無くなっていってまた浮気の心配がよみがえってくる。表面上自分では減量したいと願っているのに、気付かぬ内に太ったままの体でいたいと願っている深層にいる自分が邪魔をして挫折してしまうというのが、その女の人が減量出来ない理由だった。これは珍しい例だったが、自分では冒険好きだと思っている人が、心の奥の自分でも気付いていないもう一人の自分は、とても保守的で臆病だったりする事がある。その為、実際何か冒険的な事を計画していても、最後の最後で本人も騙されるようなもっともな理由を見つけて実行を断念する事があったりする。
随分前にベストセラーになった「シンデレラ・コンプレックス」も深層にいる自分が邪魔をして出世していけない働く女性の事を書いていたと思う。有名な心理学者に言わせれば幼少時の記憶や体験が深層心理を作るのかもしれないが、私にはそういう事はよくわからない。ただ、多かれ少なかれ人間はそういう部分を持っているのではないだろうか。
そこで思い出したのは、日本で何人も目にした、自分の今の生活を変えて何かやりたいと望みつつそれを実行出来ずにいる人達のことだった。彼らはもしかして心の奥底のもう一人の自分は、違う事を願っていたのではないかという事だった。奥底では自分でも気付かぬ何かがあって、それが自分にゴーサインの代わりにストップサインを出していたのかもしれない。そう思いついたら、自分が勇気があるから行動できた等と自負していた事が恥ずかしくなった。私は、自分で気付いていた表面上の私も心の奥底の私も、本当にやりたいと願う事があったから、迷わず行動に移せただけだったのだ。このとても大切な事実を思い知るまでに随分苦しい経験を経たが、それでも今後の自分の為にとても良かったと思っている。
私はそれでも尚、人は自分の望むように変われるし行動出来ると信じている。私を含め人間は、直接自分が体験する一次的経験や、本や人の話を通しての二次的経験から影響を受けて、成長出来る事もあるし心の奥底の物さえ動かされることがある。心をいつも柔軟に謙虚に持っていればその可能性はもっと上がる。私の好きな言葉に、「乗り越えられない壁ならば、くぐってみなさい」という物がある。困難を乗り越えようと躍起になってばかりいないで、大きすぎる壁には頭を下げて、つまり謙虚な姿勢になってみれば越えられる事があるという意味のこの言葉を、私は今後何を成し遂げようとも決して忘れないようにしたいと思う。
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